「おもてなしの経営学」〜アップルがソニーを超えた理由〜

中島聡さんの「おもてなしの経営学」を読んだ。製品やサービスの重要性もさることながら、筆者の生き方に刺激を受けた一冊。

本書の第1章では、製品やサービスをユーザに提供する上で「おもてなし」が重要であることを説いている。ではおもてなしとは何か。おもてなしは何か、というよりもてなす対象は何か、という問題提起の方が適切かもしれない。本書によるとおもてなしの対象は包括的なユーザ体験。例としてディズニーランドやスタバがあがっている。遊園地に関していえば、多くの場合、ユーザの目的は「アトラクションが提供する体験」である。なので、アトラクションにたどり着くまでの各工程は「余計なもの」になりかねない。ディズニーランドがすばらしいのは、ともすれば「余計なもの」になってしまうアトラクションにたどり着くまでの工程を徹底した世界観作りにより価値あるものに高めている点にある。このことは私もユーザに製品を提供するエンジニアの一人として肝に銘じておかなければならない。

TVについて考えてみる。TVに関していえばユーザの目的は、情報や情動を得ることといえよう。
この目的に達するまでにどのような工程を経るか。

  • 興味のあるコンテンツを探す
  • TVの前に座る
  • TVをつけてからチャンネルを変更する等の目的のコンテンツに至るまでの作業

この工程もおもてなしすることが重要となる。例えば興味のあるコンテンツを推薦する機能が喜ばれるかもしれないし、ユーザと共有する機能が喜ばれるかもしれない。テレビの前に座ることで時空間的に拘束される。その拘束を解消するワンセグは実際にユーザに支持されている。TVは技術的には「画質の改善」等ユーザがコンテンツにありついてからのおもてなしに開発リソースが集中されがちだが、トータルなユーザ体験を考える視野の広さを常に保ちたいと思った。

ここで個人的に考えたいのは、差別化のあり方について。おもてなしを提供する上での差別化について、中島聡さんが本書の中でiPhoneを例に挙げて説明している。
iPhoneの差別化は徹底的な作り込みにあるという。それは匠の業に似る。この匠的な差別化に加えて、ベーシックな技術での差別化、アルゴリズムレベルでの差別化というものも必須だと思う。開発と研究という話にも通じる。両方の差別化ができて初めて他社の追随を許さないものができる。
第3章における西村博之さんとの対談を読んで共感したのは、Googleの技術的な差異化要素はどこにあるのか、という話。検索を除くサービスで、「これは簡単には他がまねできない」と思えるプロダクトが少ないという話には共感する。GMailは私もとても気に入っていて利用させていただいている。非常に使い勝手がよく、emacsのmhc的な機能(GMailGoogleカレンダーのより密な連携)があればよいのに、と思う他には現時点ではさほど不満は無い。しかし、このすばらしいGMailも他社が追従困難な技術的な参入障壁があるのかと問われれば、あまりないようにも見える。もっとも、グーグルのサーバーサイドのBigtableMapReduce等の技術については不勉強で、他社が追従不可能な要素があるのか現時点で私には判断できない。これから徐々に勉強していこうと思う。

2章以降においては筆者の生き方に刺激を受けた。中島聡さんがCADの先駆け、Windows95インターネットエクスプローラ等の様々な重要な技術を世に出して来たという事実には感嘆する。そういう偉業が達成できたのは、本書中での古川享さんとの対談に何度も出てくる「上を見て仕事をするのではなく、天を見て仕事をする」という姿勢にあると思う。本書を読むと、中島聡さんのようなギークが古川享さんという親方を得たことは非常に大きかったと思う。すばらしい環境を若きギークに提供して育てたのだと思う。現代の我々は、ソフトウェアに関していえば、特別な環境がなくともインターネットで最新の知識に触れる機会が均等に与えられている。自分も「天を見て」仕事をして、自分の技倆を高めて行きたいと思った。